さいたま市・上尾市|介護旅行なら小澤介護サービス

ブログ

代表ブログ

中国で介護を学ばれる方に感動する

先日、中国で介護を教えている先生から依頼を受け、
認知症の方が書かれた詩を読んだ感想文を、受講生から受け取ったので、
翻訳してくれないかと頼まれました。

奥さんと一緒に翻訳していたのですが、
感想文の内容に大変感動しました!

同じ人間として、老いることは共通していて、
老いた本人の嘆きに対してどう向き合うか。
真摯に向き合おうという決意が光っていました。

昨今は日本の介護の会社が中国へ進出していますが、
「日本のすぐれた介護を輸出する」という面が強すぎるきらいがある気がします。
それは逆にいえば、中国の介護を軽んじていることになってしまう。

けれど、介護は制度うんぬん以上にケアする人間の素質によって決まります。
今回の感想文を読んで、人間味あふれる心が、
中国の方にもあるんだということを強く感じさせられました。

以下、長いので、お時間ある方はどうぞ!

「認知症とみなされていた老婦人の遺品のなかから、入院中につづっていた詩がみつかりました」
(パット・ムーア : 変装、朝日新聞社.1988より引用)

何が見えるの、護理員さん、あなたには何が見えるの
あなたが私を見るとき、こう思っているのでしょう
気むずかしいおばあさん、利口じゃないし、
日常生活もおぼつかなく目をうつろにさまよわせて
食べ物をぼろぼろこぼし、返事はしない(略)
おもしろいのかおもしろくないのか
あなたの言いなりになっている(略)
これがあなたの考えていること、あなたが見ていることではありませんか

でも目を開けてごらんなさい、護理員さん、
あなたは私を見てはいないのですよ

私が誰なのか教えてあげましょう、ここにじっと座っているこの私が
あなたの命ずるままに起き上がるこの私が(略)
あなたの意志で食べているこの私が誰なのか

私は十歳の子供でした、父がいて母がいて
兄弟、姉妹がいて、皆お互いに愛し合っていました

十六歳の少女は足に羽根をつけて
もうすぐ恋人に会えることを夢見ていました
二十歳でもう花嫁、私の心は躍っていました
守ると約束した誓いを胸にきざんで
二十五歳で私は子供を生みました

その子は私に安全で幸福な家庭を求めたの
三十歳、子供はみるみる大きくなる
永遠に続くはずのきずなで母子は互いに結ばれて
四十歳、息子たちは成長し、行ってしまった

でも夫はそばにいて私がかなしまないように見守ってくれました
五十歳、もう一度赤ん坊が膝の上で遊びました
私の愛する夫と私は再び子供に出会ったのです

暗い日々が訪れました、夫が死んだのです
先のことを考え、不安で震えました
息子達は皆自分の子供を育てている最中でしたからそれで私は、
過ごしてきた年月と愛のことを考えました

今私はおばあさんになりました。自然の女神は残酷です
老人をまるでばかのように見せるのは、自然の女神の悪い冗談
体はぼろぼろ、優美さも気力も失せ
かつて心があったところには今では石ころがあるだけ

でもこの古ぼけた肉体の残骸にはまだ少女が住んでいて
何度も何度も私の使い古しの心をふくらます
私は喜びを思い出し、苦しみを思い出す
そして人生をもう一度愛して生き直す

年月はあまりにも短かすぎ、
あまりにも速く過ぎてしまったと、私は思うの
そして何物も永遠ではないという厳しい現実を受け入れるのです

だから目を開けてよ、護理員さん
一目を開けて見てください
気むずかしいおばあさんでなくて
「私」をもっとよく見て!

詩を読んだ感想文①

この詩を読んで、私は認知症のお年寄りの心の声を、よりいっそう理解する必要があると感じた。彼らの世界を尊重し、彼らの面倒をよく見ることが重要だと一層感じた。

認知症のお年寄りは、ものごとに対する判断力を失い、いろいろ不安を抱えるので、私たちは認知症のお年寄りの意見を尊重する態度をもって彼らと付き合わなければならない。「この人は認知症だ、間抜けで何も知らない」という偏見をもってはいけない。彼らのいろいろな状況を、よく見て、真剣に見つめて、彼らが出来ることとできないことを充分に理解することが大切である。

私たちは、毎日忙しくて働いて生活していて、身の回りの認知症のお年寄りが、昔は私たちと同じように働いて生活していたことを、忘れてしまった。私たちがお年寄りの話をよく聞くことを学べば、これによって認知症のお年寄りも、彼らがここまで生きてきた意義と価値を感じることが出来るのだ。

認知症のお年寄りの面倒をみるときに、包容と理解の気持ちで向き合って、なるべく彼らの気持ちに寄り添って、彼らの好きな話題を話そう。時には、認知症のお年寄りは、同じ話を何回も何回も話すが、私たちは気にしないで聞いてあげるのがよい。彼らが悪いことをするとき、たとえば共用のテッィシュペーパーや飾り物をめちゃくちゃにしたときに、彼らに対して怒ってはいけない。逆に、よくやったねと芸術家に対してほめるように話してあげる。

認知症の年寄りは、何をする時にも自分自身をコントロールすることが難しい。おしゃべりをするときに、彼らが喜んでくれるような話題を話す必要がある。たまに、彼らの手を握ったり、あるいは微笑んだりすることで、他の人が彼らに対して関心をもっていることを感じさせ、彼らの心も気持ち良くすることが出来る。

彼らに対してよく話しかけ、なるべく彼らを一人にさせてはいけない。社会の中の高齢者の比率が増えつつあり、認知症のお年寄りが明らかに増えているが、私たちはお年寄りに対して精神上の関心と愛を与えるべきであって、彼らを軽蔑し、冷淡になってはいけない。

お年寄りは主体であることを深く認識して、認知症のお年寄りであっても尊重と尊敬を得るべきであると、私たちは彼らを理解して包容すべきである。

詩を読んだ感想文②
あなたの愛で、彼女の真っ暗な世界に光をつけろ
認知症のお年寄りのひとつの死からの感想

これは認知症のお年寄りが生きている間に書いた一つの詩である。

彼女は、昔、子供のころ美しい時代を過ごし、大人になったら幸せな三人の家族を築いていた。息子が大きくなり家から出てから、唯一自分と一緒になっているのは自分の夫であった。しかし、その夫が亡くなってからというもの、彼女と一緒になっているのは、一つ一つの孤独の夜と不安な心であった。それが続いて、彼女はバラバラに崩れていって、美しかった自分が気力のない年寄りへとなってしまった。

彼女は毎日、記憶の中で生活し、その記憶は彼女の命の中にある唯一のオアシスだった。その生活は自分が誰なのかが分からなくなるまでずっと続いて、分からなくなった瞬間、彼女の世界は真っ暗になった。介護の人たちよ、あなたの善良な心で彼女の人生の最後の道に明かりをつけてあげて。あなたも彼女と同じように、年をとっていくのだから。認知症の患者の心からの叫び、それは自分がなくなるまで愛される尊重されることへの望み。

この詩を読み終わって、私の心は感動で震えた。認知症のお年寄りの心は、正常な人と同じように愛されることが必要である。認知症のお年寄りの記憶力、方向性、判断力は劣っていて、彼らは同じことを何回も繰り返し訪ねることになるので、介護の人として必要なのは、まず忍耐である。また彼らと交流しているとき、愛が充満している目で彼らを見つめて、優しい口調で彼らの話を繰り返し、話すスピードはゆっくり簡潔にする必要がある。

話の内容は、彼らが興味のあるような昔のことから話すのが良い。年寄りはイライラするときには、すぐ話を中止したほうがよい。認知症の年寄りの自己判断能力が衰えているため、部屋の中に花瓶、アルバム、リモコンのような誤嚥の危険があるものを置いてはいけない。

彼らがしたくないことに対して、強引にさせてはいけない。方法を変えて、彼らを助けたほうがよい。たとえば、歯磨きをしたくない年寄りに対して、自分の歯磨きの動きを真似させたり、あるいはよくうがいをさせたりするのがよい。

認知症のお年寄りは、自分で風呂に入りたくない場合、自分がすでに風呂に入ったと思い込んで、あるいは面倒くさいと思ったり、もしくは風呂に入っている間に泥棒に入られることを心配するかもしれないので、強引に風呂に入れてはいけない。彼らが落ち着いて、気持ちがよいときにお風呂に入れさせたほうがよい。トイレの介護も同じようにする必要がある。

介護の人は、日常の中でも、たとえばお年寄りにマッサージしてあげたり、よい思い出を思い出させてあげたり、彼らが好きなことをしてあげるなどのイベントを通して、認知症のお年寄りと信頼関係を築くことができる。

認知症のお年寄りの世界は、実はとても単純で、まるで子供のように単純で、もしかして、あなたの一つの励ましの眼差しによって、彼らを喜ばせて、自分が他の人に愛されていることを感じさせることが出来るかもしれない。あなたが自分で彼らの世界に入ろうという気持ちがあれば、彼らと触れ合うことが出来て、彼らの閉じ込められた心の中に入ることが出来るのだ。

介護の人よ、あなたたちの愛で、彼らの真っ暗な精神の世界に明かりをつけて。あなたたちの親戚のような温かい関わりの中で、彼らの人生の最後の道を歩ませてあげて。

PAGE TOP