【介護旅行】長野県小布施町に一泊二日(小布施町編)
(善光寺編からつづく)
長野市の善光寺から小布施町までは40分ほどでしょうか。
近づいてくると、旦那さまのご記憶もはっきりとしてこられ、ここを曲がってください、〇〇という地名がありますなど、おっしゃられます。
りんご畑や栗畑が広がった通りを抜けて行くと、旦那さまのご実家に、無事到着。
以前の様子と変わったところがあったと娘さんからお話があり、ご夫婦共にあまりピンと来ておられないご様子。
ただ、ご親戚とご挨拶される中でだんだんと小布施に来たことを改めて認識されてきたようでした。
ご実家から宿泊先までは、ご親戚が送ってくださるかもとのことで、約束のお時間まで近くの喫茶店で待機しました。
小布施は栗が有名とのことで、栗ぜんざいがメニューにあり注文しました。
隣に添えられている紫蘇の実の塩漬けが、栗ぜんざいの甘さを引き立て、非常に美味しかったです。
約束のお時間に娘さまよりお電話があり、宿まではご親戚が送ってくださるものの、夕飯をご一緒できればと思うのでとりあえず宿まで来て欲しいとのことでした。
宿はとても酒蔵を改装したという素敵な宿でした。
出発前に、旦那さんのカテーテルバック内に溜まった尿を廃棄するお手伝いをしました。
宿の中には夕飯所がないとのことで、通り一本挟んだレストランまで移動。
陽が落ちて暗くなっており、旦那さまは私が、奥さまは娘さまが付き添って移動。
途中、足元が悪いところもあり、つまづくシーンもあり、付き添いの大事さを感じました。
レストランはとても素敵な空間で、こちらも酒蔵を改造したものとのこと。
重厚感がありつつ、落ち着く感じです。
食事は、長野県の特産をいくつか注文され、皆でシェアしたりしながらいただきました。
奥さまは、今一つお口に合わなそうでしたが、注文された長野県産のリンゴジュースをよく召し上がっていました。
美味しくいただいた後、また宿に戻ります。
う〜、ブルブル。夜になると、やはり埼玉より寒いです。
片手は手を握り、もう片手は腰に添え、バランスに気をつけて。
下り坂や段差は声掛けをしながら進みます。
無事に宿へ到着。
ご挨拶をして、自身の泊まる宿に向かいました。
(今回は、夜間の介助が不要とのことで、私は別の宿に泊まらせて頂きました。)
さて、翌朝、車を少し清掃し、9時半ごろご家族さま一行が泊まられている宿へ向かいます。
ちょうど、目の前にあった「北斎館」という葛飾北斎の美術館から出てこられました。
早い時間に、ほかのお客さんが来られる前に見学されたとのこと。
さて、宿にて荷物をお預かりし、この後はしばらく実家のある親戚方と、懇談やお食事を楽しまれる予定。
私はお昼が終わるまでは自由にしていていいとのことだったので、「北斎館」をはじめ、周りを少し散策させてもらいました。
北斎館はバリアフリーもバッチリです。
この辺は趣のある街並みです。
古くからの名士だった高井鴻山という人の自宅も、そのまま残っていて、近くを歩いていて楽しい感じでした。
その高井鴻山が、葛飾北斎を招き、晩年、北斎は何度も小布施に足を運んだとか。
高井鴻山はとても立派な方だったようで、飢饉の時などに、蔵にあった食べ物などを農民などに分け与えたそうです。
人々に慕われていたから、家屋もそのまま残されていたのかな、また街並みもなんか素敵な感じがするのかな、などと思いました。
さて、時間となりまして、ご実家までお迎えに伺います。
ちょうどお迎えに行った時、記念撮影などをされておりました。
ご実家がりんご農家をされているとのことで、お土産でりんごや栗などをたくさん積み込みます。
お別れの挨拶をされ、出発。
小布施に着いた時よりも、心なしか優しげなお顔になられていたご夫婦でした。
小布施PAの入り口から高速へ。
走り始めると、流石にお疲れになられたのか、ご両親はお休みになられました。
道中、また娘さまとさまざまお話を伺わせて頂きました。
途中、目を覚まされたご両親も、帰りは特に混乱されることなく、ゆったりとされておりました。
高速を降り、しばらく走って、入居中の施設へと到着。
お礼をお伝えし、施設の中へ戻られていきました。
お土産などは一度娘さまのご自宅へお持ちし、ご挨拶して失礼しました。
小布施、とても素敵な場所でした。
自分一人では行くことがなかったかもしれない場所と出会わせてもらえることに、心より感謝です。
ご両親にも、喜んで頂けたようであれば幸いです。
またのご利用、心よりお待ちしております。






